全くの未経験でカフェをはじめた話。1号店”船宿カフェ若長”

皆さんこんにちは。よーそろの井上明です。

昨日”よーそろ商い塾”をスタートしました。今回はpart1「なぜ今ローカルビジネスなのか?」というタイトルでお話をさせて頂きました。何かをはじめたいと前向きな思いに触れて私も御手洗でのはじまりであり1号店の”船宿カフェ若長”を改めて思い返しました。
今日は全くの未経験、それまでしようとも思わなかったカフェをはじめたお話を改めて。

ボランティアガイド養成講座で出会った場所”御手洗”

私の出身は広島県広島市。南九州で建材メーカーの営業マンとして約7年勤めた会社を脱サラし、妻の実家である広島県呉市に帰ってきました。

これからしばらく居るであろう呉をもっと知りたいと思っていたところに呉市が主催する観光ボランティア養成講座をたまたま見つけ受講し、そこで御手洗に出会いました。

海軍工廠、潜水艦、戦艦大和…海軍でできた町、呉の中心部から車で1時間ほど走った瀬戸内海の真ん中に浮かぶ島に御手洗という町がありました。呉市内とはまた違った海の色の鮮やかさをもち、美しい島の風景と江戸、明治、大正、昭和の建物が並ぶタイムスリップしたような街並みに魅了されました。

空き家であろう家々の壁にも生きた花が生けられ、人はあまりすれ違わない静かな通りながら決して暗さは感じず、どことなく明るさと昔から続いている生活感を感じました。明治時代から変わらず続いているであろう古い波打ちガラス越しに時計を修理するお店、生活雑貨店、昭和の映画館や文房具屋、そこにある建物や置いてある道具などすべて年季の入ったものばかりでしたが、なぜかそのすべてが私にとってとても新鮮でした。たまにすれ違う住民は明るく挨拶をしてくれ、屈託なく受け入れてくれ町の歴史や場所などを教えてくれました。

知れば知るほど御手洗の歴史の奥深さに触れ、小さいころに経験したような人と人同士の距離感の近さになつかしさを覚え、ズルズルと御手洗の魅力にはまっていきました。当時は原付で1時間30分ほどかけて通っていました。さすがにお尻が痛かった。。(笑)

何かすればいいのにと言われ、カフェを開業する。

当時、呉市内で弁当の飛び込み営業(パート)をしながら、自分達の事業として夫婦でシニアパソコン教室を立ち上げていました。2010年春のこと。

日曜日は基本お休みなので、ガイドの予約が入ると御手洗まで原付で行き観光ボランティアガイドをしていました。半年くらいガイドをしたでしょうか。ガイドが終わり、ボランティアガイドの会長とフラフラと歩きながらしゃべっているときに「ここ何かすればいいのに」と言われた言葉を真に受けた私は三軒長屋の真ん中、宇和島藩・大洲藩指定の元船宿(藩の仲介問屋的役割をこなす)を務めていた若長(当時は無料の展示スペース?)をカフェにしました。

実は御手洗と出会い、ここは面白いと一人わくわくしていたときに、知り合いのツテでとある古い町並みが残る別の場所にインターンシップに行ったことがあります。そこで古民家を改修してカフェをすることになり、改修やお店の立ち上げを手伝わせてもらいました。そこには2週間ほどしかいなかったのですが、色々な事業を見せてもらう中で思ったことがありました。

「これ自分できるわ…」(笑)
それから御手洗でカフェをするための具体的実行に移りました。

カフェをつくった理由

といってもそれまではカフェの経験もなく、ましてやカフェをしようなんて思ったことはこれっぽちもなかった私でした。ただ御手洗をもっともっと知りたいと思い、また、外からくる人が喜んでくれる価値と可能性を御手洗に感じていました。

なぜカフェをしようと思ったのか、理由は3つありました。

当時閉めっぱなしであった雨戸を開けたとき、海と島の衝撃的な真っ青の世界が目の前に広がり、遠く行き交う船を眺めながら時間が止まっているかのような感覚に陥るすばらしい風景を皆さんに見せたかったことが1つ目の理由です。

2つ目の理由、それはガイドをしているとき当時、年配の方々をご案内することが多く、「ゆっくりしたい」「ゆっくり休むところはないの?」という要望をよく聞いていたことです。確かにそういわれてみればカフェはない。

3つ目の理由は、この島には明治時代からコクのある甘さをもつ大長みかん、国産レモンの始まりとされる大長レモンがあるにも関わらずそれらを味わう場所がありませんでした。

元々夏に雨があまり降らず温暖な瀬戸内海気候、石組みの段々畑がより一層水はけを良くし、海からの照り返し”第二の太陽”をたっぷり浴び、みかんづくりに最も適した古生層という土壌。美味しいに決まっています。

そのものが美味しいので、あまり手を加える必要もなく、”ここにあるもの”でメニューができると思いました。

インターンシップに行き「じぶんできるわ」と思ったのは、以上の3つの理由もあるのですが、実はもう一つ。あまり言うとあれかもしれませんが(笑)

「これでいいんだ」と思ったからでした(笑)
やってみてダメなら変えればいいじゃないかと。
今日からカレーをはじめるというトップダウン指令があったかと思えば、やや、バーガーをやるぞとなったり。ザザッとつくって貼った宣伝ポスターをテレビ局の人が見てこれはマズイ映せないとなったら剥がしてという風に(笑)
ロケットダッシュでオープンし、かなり柔軟にコロコロと変えていくやり方を見て、そうか!と。

考えれば考えるほど動きが小さくなってしまいます。
ああなったらどうしようか、こうなったらどうしようか、あれこれ考えず、エイヤーでやることをお勧めします。
この記事も連続で書いた後、何日間か空けました。色々立て込んでいたものありますが、実は書きすぎて迷走した記事が何日かありまして(笑)お恥ずかしい話6時間かけて書いた記事もボツにしました。
事業もそうですが、そういうこともしょっちゅうあります。せっかく時間をかけて時間をかけてつくったものをリリースの直前で捨てることも今まで何度もありました。とにかく考えすぎるとよくありません。

出そうと思って出さなかったものをもったいないからと言う理由で無理やり使うことに固執してしまうと目的を見失ってしまい、かえって無駄な時間を過ごしてしまいます。そういうときは一旦離れる。

ですが、迷走して書いたものは使い物にならないので結局捨てます。
ただその迷走した時間もまたスキルアップのための肥やしになってくれています。そのように思うようにしています。

つまるところ完成形はない。ババっとつくってひたすらアップデート

話を戻します。そうだ!と思ったこと。どういうことかというと、以前も書きましたが、結局のところ「完成形はない」ということです。だったらババっとつくってひたすらにアップデートし続けて完成形に近づけるしかないと。今となっては私にとってはじめることはあまり重要なことでなく、それからアップデートし続けることの方が重要でして。

船宿カフェ若長は基本的に土日祝日営業ですが、営業が終わる度に何かしら変えていました。
段差がもう5センチ高ければ上がるのが楽だと思えば段差をつくり、これを一時置く場所が欲しいと思えば棚を増やし、新メニューが他のメニューの足かせになれば、作り方を変えてみたり、新しい道具を導入してみたり。はたまたやめたり。
最近は落ち着きつつありますが、試した道具も数知れず、別の場所で使えるものもあれば、今見るたびに無言でうなずいてそっと見えないところに置くものもあります(笑) それも成長のための肥やし…ということで。

当然私一人でやっているわけではなく、スタッフからも多くのことを教えてもらいます。「ここがやりにくい」「これがあると便利」から「こうやってみたらとてもやりやすかった」など仲間の知恵が加わると自分が気づかなかったアップデートにも繋がりました。

そうして今の船宿カフェ若長があります。これからもまだまだアップデートしていくでしょう。

と、私の御手洗での事業スタートである若長を思い出しながら書いてみましたが、今回の商い塾でも何かをはじめたい人の後押しができたらと思っています。私もお話させて頂きながら、改めて思い出したことも沢山ありました。

これから何かをはじたいと願う皆さんと共に成長していけたらと思います。
次回のよーそろ商い塾part2は「ローカルビジネスのつくり方」というテーマです。3月8日日曜日13時から開催します!

ご参加はこちらのFacebookページのコメントかメッセージで参加の旨お伝えください。
https://www.facebook.com/events/610310633033637/

それでは、よーそろー。

3つの古民家宿を核としたベンチャー創出事業

皆さん、こんにちは。よーそろの井上明です。

今日は三連休の中日。例年1月2月は観光業でいう閑散期で、今年はコロナウイルスの影響か宿泊が大きく落ち込んでおり、先週からようやっと春の宿泊予約がちらちら入ってき始めています。コロナウイルスも寒さもあっち行ってちょーだい!
そのような中、JR西日本さんが御手洗で撮影したCMをバンバン流して頂いているおかげか今日はGW並みの忙しさ。ありがとうございます!
カフェ若長も200人近いお客さんが来てくださいました。何組かお待ちいただき、諦めて帰られたお客さんも…せっかく来ていただいたのに申し訳ございませんでした。。

今日のタイトル「3つの古民家宿を核としたベンチャー創出事業」について書いていきたいと思います。

この事業で平成29年ひろしまベンチャー育成基金のひろしまベンチャー奨励賞金賞を頂きました。大正時代の洋館、江戸時代の町家を低価格宿、一組限定のラグジュアリーな宿、その中間の価格帯に位置する長期滞在型宿の3つの宿事業を通じて様々な事業の受け皿と波及効果を生み、新しい事業家・ソーシャルベンチャー起業家を排出する”装置”として機能させようというもの。

H29年ひろしまベンチャー奨励賞金賞を受賞

御手洗地区で空き家を改修し2011年に船宿カフェ若長、2013年にギャラリー脇屋、2014年に鍋焼きうどん尾収屋、2015年に物産館&カフェである潮待ち館をつくりました。素晴らしい感性を持った仲間たちと共に小さくとも個性際立つ事業をコツコツとつくってきましたが、やっていく中で様々な課題にぶつかり、同時に加える1アクションで全体を大きく変える可能性も感じる発見と出会いがありました。

平成28年に御手洗の自治会、老人会、女性会の各会長と重伝建を考える会の3役が御手洗魅力アップ事業3年間の最終年として何をやるかと話し合いをしました。私は当時重伝建を考える会の事務局長としてその会議に加わり、少子高齢化と文化継承に対し主体的にアクションを起こすため「空き家データベース化」と「御手洗みらい計画」づくりを提案し、実行していくことになりました。

「空き家データベース化」と「御手洗みらい計画」についてはまた別の機会に書くとして、その「御手洗みらい計画」の中で抽出したキーワード「御手洗ミュージアム構想」について翌年度に呉広域商工会に提案し、よりブラッシュアップをするために価値観のなるべく離れた外国人数人や専門家に来てもらい様々な視点から御手洗の価値を探っていこうという実行委員会を組みました。

ただの外国人ではなく、日本を良く知る外国人であり、価値を拾い上げて伝えることができる外国人ライター3人と御手洗とも以前から関わりのあったドイツ人の大学教授合計4人に加え、建築家やデザイナーなどモノの見方、表現が得意な専門家やDMO、中小機構や行政も交え意見交換や視察研修などにも行きました。

その中で感じたこと、それは宿の必要性と事業としての可能性でした。

「宿事業をやる勝負に出よう!」と私は決めました。

その理由は3つあります。

1つは、御手洗ミュージアム構想実行委員会で再確認した御手洗の一番良さ、それは元々御手洗にある、御手洗で続いているものであり、それらを深く味わうために宿が必要であるということ。目の前の観音崎から昇る美しい朝陽や空気感、静かでなだらかな海の中に響き渡るイソヒヨドリの鳴き声、独特な距離感で触れ合う住民との何気ない会話…その日常こそが非日常であり最高の”観光体験”であるということです。

2つ目は、宿としての事業性。
少ない人数で運営することができ、必ずしも多くの時間を必要としないところ。(お客さんが寝る時間も商品である)問題は初期費用。家賃や不動産取得費用、修繕にかかる費用や保健所の許可、消防の許可を得るための設備投資の費用がとても大きくなります。保健所、消防はしょうがないとして、古民家改修のノウハウ、道具などは今までやってきたものを持っているのでかなり低価格でやれる勝算はありました。また家賃に関しても私たちの今までの活動と思いに共感してくださる所有者さんの協力のおかげで何とか抑えることができる算段もありました。
これからアクションを起こし続けていくために必要な会社としての収益の柱となる事業の可能性を感じました。

3つ目は、宿事業によってお客さんの滞在時間を増やし、今まで仲間とつくってきた事業にもっと触れてもらいたいことと、新たなプレーヤーが新事業を生み出す環境をつくりたかったからです。
雨や災害、ニュースによる心理的冷え込みなどで御手洗への訪問客数は激減します。また平日の観光客は本当に少ない状況。だからこそまずは土日祝日に集中オープンし、続けながら次を考えようとしているのですが週末にそれらマイナス要因が続くと経営にかなり響きます。(それでもやっていける体制を何とかつくってきてはいるのですが)その課題を克服したかった思いもあります。また新鮮な魚料理を提供する料理人(そのとき、新鮮な魚料理を出す店が無くなってしまっていた)や目の前にある瀬戸内海の自然を活かしたアクティビティを提供する人(シーカヤックは数台ある)、BARや朝・夜の施設利用など場を活用する人を誘致したいと考えていました。御手洗でそれぞれが表現する事業を持ちつつ、お互いのノウハウやアイデアを持ち寄り次なる新しい事業を生み出すという好循環を構想していました。

そして3つの空き家に出会いました。

一つは築100年を超える大正時代に建てられた洋館であり元病院、もう一つは江戸時代末期に建てられた元旅館、そしてこちらも大正時代建築100年を超える元染物屋の物件。

1年半の間にほぼ同時進行で改修し3店舗オープンしました。ここでも沢山の難題にぶち当たりながらいくつもの壁を乗り越えていきました。多くの協力者のおかげで。
一つ一つに改修の”すったもんだストーリー”があるので、それもまた一つずつご紹介していけたらと思います。

左から一組限定宿「閑月庵新豊」中央が低価格素泊まり宿「GUESTHOUSE醫」右シェアハウス「港町長屋染初」

今宿事業をスタートして2年目3年目を迎え、それなりの手ごたえを感じています。一方で多くの改善点もやればやるほど見えてきました。
この3年で実際にチャレンジしようとやってきた移住者も数か月で2人帰っていきました。彼らがどうこうではありません。ただ当然厳しさもあります。私たちの至らないところも沢山あります。それもまた私にとってとても大きな経験であり多くの学びをもらいました。

まだまだ成功しているとは言えず、失敗も多く、やるべきことも山のようにありますが、私には”やらない”という選択肢はありません。そう、もう引き下がれないのです(笑)

誰もやったことのない課題に取り組み乗り越えれば、誰もやったことのない景色をみることができます。

私たちの挑戦はこれからです。
よーそろー

船宿カフェ若長がテレビCMに。

皆さんこんにちは。よーそろの井上明です。

テレビCMにおたく出てたよ!とここ2,3日まちの人から声を掛けられます。JRおでかけネットおとなびのCMは今「呉市御手洗」で撮影したシーンになっています。インターネットの会員向けサイトの中で動画配信されますとお聞きしていたのでテレビで流れるとは思いませんでした。(といっても西日本だけ)

御手洗の古き良き町並みの中を伊藤蘭さんが御手洗をゆっくり旅するというCM。

御手洗に流れるゆったりとした時間と町の風情が心地よいナレーションでさらによく引き立てられています。さすがはプロの技。

私の御手洗での1号店「船宿カフェ若長」での撮影もあり、築200年の建物の2階から見える多島美の風景を眺めながら過ごすシーンもとっても良くて。

やはり素敵な場所だなと改めて思うわたくしです(笑)

CMといえばこちらも広島県限定?だと思うのですが、もみじ饅頭製造大手にしき堂さんのCMにも若長はちらっと登場しています(最後の方にちろっと)のでこちらもご紹介。

まちの良さをゆったりのんびり味わって頂けると嬉しいです。

いい旅は人生のエネルギーですね。

ご利益イベント「御手洗詣”三社巡り”」と絵馬プロジェクト

皆さまこんにちは。よーそろ代表の井上です。
先日中国新聞でも取り上げて頂いた御手洗”絵馬プロジェクト”開始の記事。

<2019年11月13日 中国新聞朝刊に掲載>

事業主体は一般社団法人御手洗デザイン工房が行うプロジェクトですが、わたくし井上は事務局長として団体の立ち上げから企画運営など御手洗の次世代を担う若者たちと共に活動しております。
なぜ、このプロジェクトをはじめるに至ったかといいますと、呉市でも少子高齢化の最先端を走り、なおかつ文化財や文化的価値のあるものが多く存在する御手洗が様々な課題を抱えている現状にあります。
人口約200人ほどの御手洗は近隣のまちが次々と文化的行事(お祭りや運動会、その他の活動など)を縮小、消滅させていくなかでなんとか踏ん張り残していく努力をしています。そのような中で、御手洗のコミュティーをつくっている三つの神社の存在は大きく、うち一つの傾いた神社の修繕に少ない住民内での費用負担、神社の手入れや参道の剪定や掃除など負担が重くのしかかる現状とこれからの維持運営に大きな危機感を抱えています。

一方で、ここ6,7年ではUIターン者もあり、空き家も30棟近く解消している成果もあります。昭和の時代にあった沢山の商店は片手で数えるほどに少なくなる中でも、古民家をリノベーションしたお店も増え、メディアへの露出や観光客が徐々に増えているいい兆しも出てきています。
よーそろでは御手洗の文化、歴史ある建物をいくつかリノベーションし仲間と共に様々なサービスもつくってきましたが、歩いても小一時間ほどで回れる御手洗のまち全体を使った観光体験プログラムが何かないかと考えていたこともありました。

そのような状況の中で、神社の将来的な維持管理の仕組み、そして観光に来るお客さんへの体験と御手洗の文化を伝えるアクションが”絵馬プロジェクト”だったわけです。

古くから馬は神の乗り物とされ祭りや雨乞いのときには神に馬を奉納する習わしがありました。時代と共に木馬や土馬になり(2100年以上の歴史を持つ隣町、宇津神社にもあります)、江戸時代にはその名残で庶民の間に絵馬が広がりました。宇津神社には江戸・明治時代、北前船が絵師に描かせた船絵馬も100点以上奉納され、今も色鮮やかなままで残されています。
商売や旅の途中に各地を訪れ、商売繁盛や航海安全、無病息災などを祈願してきたのが日本文化なのです。

 宇津神社に残る船絵馬

御手洗デザイン工房もボランティアのみならず持続可能な運営の仕組みを模索し自主運営しなければいけません。補助金に頼らず、地域の資源を掘り起こし、磨き、次世代に繋げるため自ら稼ぐことはとても重要です。ただ有志による少ない資金で運営をスタートし大きなリスクが取れないのも現状です。

この度、デザインしたデータを読み込み、よーそろで木材の形を切り出しする機械を購入しました。
そうです、この3種類の絵馬は御手洗で製作しています。
機械の操作、不具合にあいながらもコツコツ丁寧に製作を続けています。

右から恵美須神社(打ち出の小槌)天満神社(筆塚)、住吉神社(高燈籠)の絵馬

右から恵美須神社(打ち出の小槌モチーフ:商売繁盛)、天満神社(筆塚モチーフ:学業成就)、住吉神社(高燈籠モチーフ:航海安全)の絵馬。770円/枚 潮待ち館にて販売。

設立25年、島内外会員合わせて150名にも上る任意団体”重伝建を考える会”にしかできないこと、その下部組織であり重伝建を考える会にはできないが事業性あるものにも取り組める”御手洗デザイン工房”でしかできないこと、それら各種団体ではできない”よーそろ”にしかできないことを長所を活かし合いながらやればいいと思っています。結果的にどのような町にしたいのか、そこでどのように暮らしていきたいのか、その方向性とビジョンに共に向かうことができれば。

京都や大阪で昨今騒がれているオーバーツーリズム。御手洗が発展していくために観光振興は進めていかなければいけません。そのための重要伝統的建造物群保存地区選定であり、日本遺産登録なのです。しかし、観光に来るお客様が年に100万人も来られると御手洗が大事にしてきた風情、文化が損なわれる可能性があり、文化も景観も仕事もその中に含まれる”暮らし”を守り続けていくことが最も重要であると考えます。なので観光振興は目的ではなく手段なのです。

そのようなことを考えた場合、御手洗を訪れるお客さんにどう過ごしてもらいたいかを伝えることはとても重要なことです。
種から育て家々に花を飾る御手洗の女性部”さくら部”の活動やまちづくり憲章の看板を掲げたアクションもそうですが、私たちは御手洗という町でどのように過ごし、その思いを訪れる方々とどのように共有したいかということを伝えていく必要があります。
御手洗という地名はお清めの場所にも用いられるインパクトのある珍しい名前でもあり、心洗われる風景だと訪れる方々が仰るように、私たちもそのように過ごしたく、過ごしてほしいと望んでいます。そのような意味でも今回のプロジェクト実施において御手洗の町をお清めの場所としてご利益のある場所として大事に過ごして頂くようなブランディングを図っていきたいという意図もあります。

御手洗の町、今に続く文化を残してくれた先人たちの思いに敬意を払い、御手洗を愛する人たちとじわじわとその輪を広げつつ、次の世代へ御手洗の素晴らしい景観、文化、暮らしをバトンタッチしていけたらと思っています。

今月23日はご利益イベント「御手洗詣”三社巡り”」を行います。
岩屋工房さんによるご利益ワークショップ「縁起文字で飾るお皿をつくろう」や「つまみ細工で作る梅モチーフの魔除けストラップ」 (弊社井上由美)の開催やご利益ガイドツアーなどご利益のありそ~なご利益デイに。

ぜひご参加くださいませ。
よーそろー!

新たな移住起業者の話 ~潮待ち喫茶のアップデート~

代表の井上です。
前回のブログで少し触れました、7月から御手洗でチャレンジをはじめる新しい移住者の話。

もう1年近く前になるでしょうか…

GUESTHOUSE醫に一人の女性から宿泊の予約が入り、たまたま応対した私でしたが、晩御飯難民になりもう一人お泊りのお客さんと3人で久比にあるお好み焼き屋明地さんへ行きました。
鉄板を囲む話の中で、彼女は当時山梨県の農園&季節限定カフェで働き、最大で6時間待ちの行列をつくる果物のパフェなどをつくっていること、そしていつかどこかで新しいチャレンジがしたいと考えていること、尾道で気になっているカフェに訪問することが今回の旅の一番の目的であることなどを教えてくれました。御手洗も気になっている場所の一つとして今回来てくれていました。

御手洗を案内し、この場所で仲間たちと共に様々な事業づくりをしていること、これからの展望や可能性など話をしつつ彼女を見送り、山梨へ帰っていきました。
そして数日後、「私は御手洗で活動したい」と連絡が来る。
狭い御手洗地区で飲食一類(喫茶店営業)許可を得ている場所は1号店「船宿カフェ若長」を含めて6つを持つうちの事業の中で、(結構つくってきたなと(笑))ここなら初期設備投資ほぼなく、さらに私たちチームが持つ強みを自分のものにしながら移住起業ができるかもしれないと提案はしていました。
しかし、一回の訪問でまさか移住しようと考えるとは私も思っておらず、もう一度来てから決めた方がよいよと少し距離を置くような話をしていました。御手洗に住み活動する色々な人に会わせるから、そして具体的な住まいや生業づくりを提案するからそれから決めてほしいと伝えていました。
というのも、彼女とは初めて会い、たまたま泊りに来て数時間話をしただけなので彼女のことをほとんど知らないこともあり、また以前東京から移住したが帰っていった若者もおり、その時の受け入れるエネルギーと再び帰すエネルギーはやはり相当であったため、特に感性のいい若者はうちの事業としても地域としてもほしいとは思いつつも誰でもではダメだとブレーキをかけていた為。彼女の意思がどこまでかも確認したかったのもありますが。

そして今年4月初旬に再び御手洗に来てくれました。
できる限り街に住む人たちに引き合わせる中で、フットワークの軽さとハングリー精神、たくましさを持つ彼女なら色々なことにチャレンジできるかもしれないと私はイメージしていましたが、住む場所もチャレンジする店もタイミングにより、もし決断の早いいい人物が来た時には別の人に任せる可能性もあることを伝えて彼女の決断を待ちました。

が、それからしばらく時間があき・・
そうかダメだったかと勝手に思っていた矢先、突然連絡が!来週荷物を送るから引き取ってほしいと。7月中旬には完全に移住しますと。
(彼女の中では4月の訪問後すぐに御手洗で活動をしたいと決めていたそうで)

送る荷物、ゆうパックの段ボール23箱プラス布団セット。どこか隅っこに置いておいてもらえればと…なんとっ、、そんなスペースあるわけ…あったわ(笑)
遠慮しつつも思い切りの良さと豪快さに、面白さを感じた私。

9月から潮待ち館を喫茶スペースも併せて任せようと考えていましたが、8月1日からやろうと突如変更。彼女のここでの活動がスタートしました。営業しつつ手直しDIYする日々・・・。まぁいつもこんなもんです(笑)
カレーやホットサンド、懐かしのクリームソーダや手の込んだスイーツは彼女の素晴らしいセンスが光る逸品メニューが並んでいます。
潮待ち館脇の路地を通るととてもいい香りが。営業時間も定休日は火曜日のみとなりました。

彼女がつくるフレンチトーストとホットサンドは絶品でした。
7月末、閑月庵新豊で急遽洋食にしてほしいと希望されたフランス人家族の朝食提供を彼女に任せ、それは彼女の移住起業の初仕事でした。
「朝食とても美味しくて、本当に来てよかった」と2泊3日朝食付き宿泊プランを過ごされたご婦人はとても喜んでくださり、また来たいと言っていただき感無量でした。

9月から予約制で彼女が作るスペシャルモーニングを提供するべく、GUESTHOUSE醫のサイトも準備を進めています。

今林千穂
彼女のこれからの更なる飛躍が楽しみです。
彼女の活躍は、舞台である潮待ち館を光らせ、地域を光らせることに繋がるでしょう。
また出来上がったものと別の感性の化学反応により生まれるまだ見ぬ可能性にもワクワクが止まりません。

皆さま、ぜひ会いに来てくださいね。

新しい風が吹く

皆さまこんばんは。代表の井上です。
今日は呉市が主催する起業家支援プロジェクトスタートアップ講演会に話を聞きに行ってきました。
昨年はスピーカーとしてこの講演会に関わらせて頂きましたが、今年も何かしら関わることになること、そして御手洗にまた新しい風が吹き、今までの総括とこれからもうすぐはじまる再構築のための頭の整理にと足を運びました。

株式会社machimoriの代表取締役、市来広一郎さんの熱海での地域づくりのお話、やはりどこの地域活動でも共通点があるなと思いました。
経済、人口が減少すれば、それをどうにかしたいと揺り戻しが起こり、どうにかなりそうであればまたその逆方向に力が働く。
ただ、その浮き沈みに対しても”右斜め上”を見つつアクションを起こし続けた結果、今の熱海のいい循環が生れているのでしょう。
東京との近さ、ピークから半分近く観光客が落ち込んだとはいえそれでも250万人ほどの観光客が来る状況から言えば、私たちが活動している瀬戸内海のへそにある大崎下島御手洗地区は条件が違う。

条件が相当悪い??
瀬戸内海の真ん中ですよ!真ん中!

歴史の見える丘より

瀬戸内海の真ん中のしかも人口200人ほどの地域で結果でたら、すごくないですか? チャ~ンス(笑)
よーそろとして沢山の関わりの中でつくってきたカフェ、ギャラリー、鍋焼きうどん屋、物産館、ゲストハウス、レストラン&一組限定宿、シェアハウス、食品加工場。空き家を活用した様々なビジネスにチャレンジしてきた8年間、地元御手洗の人の開業、移住者の開業などもあり閉店の底を打ち上昇トレンドになっている気がします。(まだスタートしたばかりですが)
私たちがやってきたこととは関係ない部分も当然ありますが、UIターン者増によりこの8年で30棟近くの御手洗の空き家が解消しています。
(全棟数の1割近く?ではないでしょうか)

薩摩藩船宿跡脇屋とGUESTHOUSE醫

そして、今月一人の若い女性が御手洗に移住してきました。
山形県出身の30代前半の彼女は、東京で10年ほど料理関係の仕事をし、カフェをしたいと飛び込んできました。只今収入はゼロ。
瀬戸内海に浮かぶ大崎下島、御手洗で彼女の新しいチャレンジが始まります。
想定外だったこともあり、彼女の覚悟にびっくりした私ですが、活躍する舞台をつくるべく諸々変更し8月頭から各事業を再編すべく再整備へ取り掛かっています。

彼女はシェアハウス(港町長屋染初)に住み、別店舗でカフェを営業する。整えた場所が新しい感性によりアップデートされていく。
様々な特技を持ったうちのチームメンバーと地域資源を使い倒し、リスクを最小限に抑えつつ様々な価値を生み出す仕組みとそれにより生まれる様々な効果が掛け算式に生まれていく。
ローカル移住起業の新しいモデルを生み出せそうです。うちも正念場!がんばらねば!
また彼女の紹介と8月の再編(新店舗)についてお知らせしますね。いつも急ですみません(汗)

とそのように、目まぐるしく動く周りの状況を受け入れ乗り越え、時に穴に落ちつつも這い上がってまた進む(笑)。
仕事づくり、いやそれらを含めた暮らしそのものが”冒険”であり、旅。様々な壁にぶつかり傷をつくり、かさぶたをつくり、傷跡が芸術だと仲間と笑い合えるチャレンジをしていきたいと思っています。
起業を目指す皆さん、かさぶたをつくろう!硬くなって強くなろう。しかし立ち上がって歩き始めないとコケもしなければ、新しい景色には出会えません。そしてコケたとき、新しい発見があるはずです。
先を読みにくい世の中だからこそ、どのような状況になろうとも悔いのない生き方をせねばと。ならば始めてから考えればいいと思うのです。
3年後にと言ってると3年後の市場、状況、自分を取り巻く環境もガラッと変わっているのです。そして言い訳を考える。。
老後資金2000万円が必要でデモを起こすなら起業して御手洗い(みたらいい)。←パクリ

今日も素晴らしい時間をありがとうございました。
スピーカーで来られいた天仁庵の数田さんをはじめNPO法人アースキューブジャパン代表の中村さんが活動をはじめた音戸地区もいい風が吹き始めています。botanico代表西川さんのドライフラワーから生まれるコミュニティと世界進出の話、とても面白かったです。
頭の整理と次なる種を発見したかも。
そして、講演者machimoriの市来さんのように、しぶとく、情熱的に突っ走りたいと思います。

よーそろ~!(宜しく候)

ゲストハウス「醫(くすし)」改装中

こんにちは。ゆみです。
ただ今絶賛改装中でございますよ~!!

御手洗のシンボル的建造物「越智医院跡」のゲストハウス化計画。
あの薄青の鎧張りの外壁が特徴的な建物をゲストハウスとしてオープンします。

越智医院外観
脇屋邸の隣の建物です。

オープン日は3月28日です。

改装工事もいよいよ大詰めです。

弊社代表含め、たくさんの方々に手伝って頂きながら改装工事をすすめています。

 

 

 

 

 

 

それでこのプロジェクトのご支援を皆様にお願いしているところです。
詳細はこちら・・・キャンプファイヤーにてクラウドファンディングに応募しています。

キャンプファイヤー

多くの方に親しまれるこの建物を残し活かすためにも、ぜひご支援をよろしくお願いします。

よーそろクルーツアー「江戸末期の廻船問屋、鞆田邸見学ツアー」

皆さま、こんにちは。
よーそろ代表の井上です。

先週7月10日(日)、ディープな御手洗を体験し味わう、よーそろクルーで鞆田邸見学ツアーに行って参りました。
鞆田邸は江戸末期~明治初期に建てられ廻船問屋で、ピッカピッカのたたき土間が迎えてくれる立派な町家。
御手洗では当時、御手洗相場といわれるような米相場が立ち、多くの物資が北前船によってやり取りされ、人口もこの小さな町で1500人を越えていたといわれています。
その時代に造られた千砂子の大波止や埋め立てでできた多くの土地から想像するに当時の廻船問屋の商いはものすごい勢いだったのでしょう。
傷みの激しかった今の鞆田邸を手直しし暮らしていらっしゃる家主の鞆田さんは、とても上品で明るく、お話も楽しいご婦人です。

2014-09-01 10.00.03

ここのお屋敷、「えっ!どこまでがお家なの?」と思うほど縦に長く、大きなお庭にそれを囲むように建物が。そしてお庭の中にも蔵があります。
そう、商売の街御手洗は税金対策の為間口は狭く、外観からは一見質素な作りに見えますが、実は家の中にその当時の繁栄ぶりを残す貴重なものが隠されているのです。

今も暮らしていらっしゃるので、大きく一般にオープンはできず、今回よーそろクルーの皆さんにその御手洗が誇る歴史ある建物を味わって頂きました。
コウモリの切り抜きがしてある欄間や細工、船大工がその場所でつくった箪笥、襖に隠れた階段、小作人が逃げ出さないようにつくったと思われる階段上の木の扉など、鞆田さんのスペシャルガイド付きの見学ツアー。
びっくりするような大きさの梁と桁。江戸時代にこれどうやって持ち上げて、このどでかい木のうねりを計算してどのように家を組んでいったのか、どれだけの人がどれだけの時間をかけて造り上げたのか、想像が大きく膨らみます。

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一軒のお宅を見るのに2時間も!
蔵の中や数々のお宝をみせて頂きました。
やはり何よりも、「鞆田さんが一番のお宝よね」と鞆田さんの魅力に引き込まれるよーそろクルー。

「こんな家…新しく創ろうったって創れないもの。お金じゃ買えないもの~。」と楽しそうに語ってくれる鞆田さん。
この街が紡いできた歴史、時間を後世に伝えるべく手を入れ、残してくださっている鞆田さんのこの街を愛するお気持ちに触れる度に私も胸が熱くなります。
本当にありがたいです。

御手洗の人が大切にしてきたものをまずはよく知り、よく学び、この街に残る独特な文化を伝え残していける一人になれれば。
これから世界の中で生きていく私達が日本人として世の中に訴えることのできる大切な何かがここにはあるような気がして。

まだまだ御手洗には面白い貴重なものが眠っています。
皆さま、ご一緒に冒険を!
よ~そろ~(^^)/ 

宇津神社神衣祭(かんみぞ)

Yumiです。
5月8日午前2時 大崎下島大長の宇津神社で神様の衣替えの儀式「神衣祭」が行われました。
よーそろメンバーも所属する「御手洗雅楽会」がその際にBGMとして越天楽を演奏しました。
御手洗雅楽会

この神事はずっとずっとこの地域に伝えられてた伝統ある行事です。
その行事に参加できるのはとても栄誉な事だと思います。貴重な経験です。

御手洗雅楽会も代替わりをし、若いメンバーで一生懸命練習をしているところ、
これからまだまだレパートリーを増やして活発に活動していきたいと思っています。

ちなみに私は、「笙」という楽器を担当(^◇^)
雅楽と言えばこれだよね~って楽器です。
笙を吹く