新たな移住起業者の話 ~潮待ち喫茶のアップデート~

代表の井上です。
前回のブログで少し触れました、7月から御手洗でチャレンジをはじめる新しい移住者の話。

もう1年近く前になるでしょうか…

GUESTHOUSE醫に一人の女性から宿泊の予約が入り、たまたま応対した私でしたが、晩御飯難民になりもう一人お泊りのお客さんと3人で久比にあるお好み焼き屋明地さんへ行きました。
鉄板を囲む話の中で、彼女は当時山梨県の農園&季節限定カフェで働き、最大で6時間待ちの行列をつくる果物のパフェなどをつくっていること、そしていつかどこかで新しいチャレンジがしたいと考えていること、尾道で気になっているカフェに訪問することが今回の旅の一番の目的であることなどを教えてくれました。御手洗も気になっている場所の一つとして今回来てくれていました。

御手洗を案内し、この場所で仲間たちと共に様々な事業づくりをしていること、これからの展望や可能性など話をしつつ彼女を見送り、山梨へ帰っていきました。
そして数日後、「私は御手洗で活動したい」と連絡が来る。
狭い御手洗地区で飲食一類(喫茶店営業)許可を得ている場所は1号店「船宿カフェ若長」を含めて6つを持つうちの事業の中で、(結構つくってきたなと(笑))ここなら初期設備投資ほぼなく、さらに私たちチームが持つ強みを自分のものにしながら移住起業ができるかもしれないと提案はしていました。
しかし、一回の訪問でまさか移住しようと考えるとは私も思っておらず、もう一度来てから決めた方がよいよと少し距離を置くような話をしていました。御手洗に住み活動する色々な人に会わせるから、そして具体的な住まいや生業づくりを提案するからそれから決めてほしいと伝えていました。
というのも、彼女とは初めて会い、たまたま泊りに来て数時間話をしただけなので彼女のことをほとんど知らないこともあり、また以前東京から移住したが帰っていった若者もおり、その時の受け入れるエネルギーと再び帰すエネルギーはやはり相当であったため、特に感性のいい若者はうちの事業としても地域としてもほしいとは思いつつも誰でもではダメだとブレーキをかけていた為。彼女の意思がどこまでかも確認したかったのもありますが。

そして今年4月初旬に再び御手洗に来てくれました。
できる限り街に住む人たちに引き合わせる中で、フットワークの軽さとハングリー精神、たくましさを持つ彼女なら色々なことにチャレンジできるかもしれないと私はイメージしていましたが、住む場所もチャレンジする店もタイミングにより、もし決断の早いいい人物が来た時には別の人に任せる可能性もあることを伝えて彼女の決断を待ちました。

が、それからしばらく時間があき・・
そうかダメだったかと勝手に思っていた矢先、突然連絡が!来週荷物を送るから引き取ってほしいと。7月中旬には完全に移住しますと。
(彼女の中では4月の訪問後すぐに御手洗で活動をしたいと決めていたそうで)

送る荷物、ゆうパックの段ボール23箱プラス布団セット。どこか隅っこに置いておいてもらえればと…なんとっ、、そんなスペースあるわけ…あったわ(笑)
遠慮しつつも思い切りの良さと豪快さに、面白さを感じた私。

9月から潮待ち館を喫茶スペースも併せて任せようと考えていましたが、8月1日からやろうと突如変更。彼女のここでの活動がスタートしました。営業しつつ手直しDIYする日々・・・。まぁいつもこんなもんです(笑)
カレーやホットサンド、懐かしのクリームソーダや手の込んだスイーツは彼女の素晴らしいセンスが光る逸品メニューが並んでいます。
潮待ち館脇の路地を通るととてもいい香りが。営業時間も定休日は火曜日のみとなりました。

彼女がつくるフレンチトーストとホットサンドは絶品でした。
7月末、閑月庵新豊で急遽洋食にしてほしいと希望されたフランス人家族の朝食提供を彼女に任せ、それは彼女の移住起業の初仕事でした。
「朝食とても美味しくて、本当に来てよかった」と2泊3日朝食付き宿泊プランを過ごされたご婦人はとても喜んでくださり、また来たいと言っていただき感無量でした。

9月から予約制で彼女が作るスペシャルモーニングを提供するべく、GUESTHOUSE醫のサイトも準備を進めています。

今林千穂
彼女のこれからの更なる飛躍が楽しみです。
彼女の活躍は、舞台である潮待ち館を光らせ、地域を光らせることに繋がるでしょう。
また出来上がったものと別の感性の化学反応により生まれるまだ見ぬ可能性にもワクワクが止まりません。

皆さま、ぜひ会いに来てくださいね。

新しい風が吹く

皆さまこんばんは。代表の井上です。
今日は呉市が主催する起業家支援プロジェクトスタートアップ講演会に話を聞きに行ってきました。
昨年はスピーカーとしてこの講演会に関わらせて頂きましたが、今年も何かしら関わることになること、そして御手洗にまた新しい風が吹き、今までの総括とこれからもうすぐはじまる再構築のための頭の整理にと足を運びました。

株式会社machimoriの代表取締役、市来広一郎さんの熱海での地域づくりのお話、やはりどこの地域活動でも共通点があるなと思いました。
経済、人口が減少すれば、それをどうにかしたいと揺り戻しが起こり、どうにかなりそうであればまたその逆方向に力が働く。
ただ、その浮き沈みに対しても”右斜め上”を見つつアクションを起こし続けた結果、今の熱海のいい循環が生れているのでしょう。
東京との近さ、ピークから半分近く観光客が落ち込んだとはいえそれでも250万人ほどの観光客が来る状況から言えば、私たちが活動している瀬戸内海のへそにある大崎下島御手洗地区は条件が違う。

条件が相当悪い??
瀬戸内海の真ん中ですよ!真ん中!

歴史の見える丘より

瀬戸内海の真ん中のしかも人口200人ほどの地域で結果でたら、すごくないですか? チャ~ンス(笑)
よーそろとして沢山の関わりの中でつくってきたカフェ、ギャラリー、鍋焼きうどん屋、物産館、ゲストハウス、レストラン&一組限定宿、シェアハウス、食品加工場。空き家を活用した様々なビジネスにチャレンジしてきた8年間、地元御手洗の人の開業、移住者の開業などもあり閉店の底を打ち上昇トレンドになっている気がします。(まだスタートしたばかりですが)
私たちがやってきたこととは関係ない部分も当然ありますが、UIターン者増によりこの8年で30棟近くの御手洗の空き家が解消しています。
(全棟数の1割近く?ではないでしょうか)

薩摩藩船宿跡脇屋とGUESTHOUSE醫

そして、今月一人の若い女性が御手洗に移住してきました。
山形県出身の30代前半の彼女は、東京で10年ほど料理関係の仕事をし、カフェをしたいと飛び込んできました。只今収入はゼロ。
瀬戸内海に浮かぶ大崎下島、御手洗で彼女の新しいチャレンジが始まります。
想定外だったこともあり、彼女の覚悟にびっくりした私ですが、活躍する舞台をつくるべく諸々変更し8月頭から各事業を再編すべく再整備へ取り掛かっています。

彼女はシェアハウス(港町長屋染初)に住み、別店舗でカフェを営業する。整えた場所が新しい感性によりアップデートされていく。
様々な特技を持ったうちのチームメンバーと地域資源を使い倒し、リスクを最小限に抑えつつ様々な価値を生み出す仕組みとそれにより生まれる様々な効果が掛け算式に生まれていく。
ローカル移住起業の新しいモデルを生み出せそうです。うちも正念場!がんばらねば!
また彼女の紹介と8月の再編(新店舗)についてお知らせしますね。いつも急ですみません(汗)

とそのように、目まぐるしく動く周りの状況を受け入れ乗り越え、時に穴に落ちつつも這い上がってまた進む(笑)。
仕事づくり、いやそれらを含めた暮らしそのものが”冒険”であり、旅。様々な壁にぶつかり傷をつくり、かさぶたをつくり、傷跡が芸術だと仲間と笑い合えるチャレンジをしていきたいと思っています。
起業を目指す皆さん、かさぶたをつくろう!硬くなって強くなろう。しかし立ち上がって歩き始めないとコケもしなければ、新しい景色には出会えません。そしてコケたとき、新しい発見があるはずです。
先を読みにくい世の中だからこそ、どのような状況になろうとも悔いのない生き方をせねばと。ならば始めてから考えればいいと思うのです。
3年後にと言ってると3年後の市場、状況、自分を取り巻く環境もガラッと変わっているのです。そして言い訳を考える。。
老後資金2000万円が必要でデモを起こすなら起業して御手洗い(みたらいい)。←パクリ

今日も素晴らしい時間をありがとうございました。
スピーカーで来られいた天仁庵の数田さんをはじめNPO法人アースキューブジャパン代表の中村さんが活動をはじめた音戸地区もいい風が吹き始めています。botanico代表西川さんのドライフラワーから生まれるコミュニティと世界進出の話、とても面白かったです。
頭の整理と次なる種を発見したかも。
そして、講演者machimoriの市来さんのように、しぶとく、情熱的に突っ走りたいと思います。

よーそろ~!(宜しく候)

薩摩藩船宿跡脇屋をシェア工房に!事業者4名募集!

皆さまこんにちは、よーそろ代表の井上です。
船宿カフェ若長につづき、ギャラリーとして改装し営業していた2号店、薩摩藩船宿跡脇屋をこの度シェア工房としてリニューアルすることにしました。
2階、26畳の広さをもつスペースを3畳ずつに区切り個人部屋に、8畳のスペースを共同工房に、そして1階の土間スペースでの販売、10畳ほどの広いスペースでワークショップも可能です。

江戸時代、薩摩藩船宿を務めていた脇屋邸。広い間口と格子が特徴。

合同会社よーそろとして7つの空き家を改修し、店主の顔、個性が光るストーリーある店を様々なプレーヤーと共につくってきました。
今月も県外からカフェ事業をしたいと移住してきた若者も加わり、各店舗の再構築と更なる街の魅力の広がりが楽しみな今日この頃ですが、異なる感性を持った表現者の誘致によって、この度建物や街の魅力を勢いをもって更に広げていきたいと考えています。

 
御手洗でアトリエを持ちたい方、販売スペースを持ちたい方、御手洗で何か表現したい方、御手洗支店を持ちたい作家さん、作家さん同士やチームよーそろとのコラボ作品やアクション(商品や〇〇合宿など)をお考えの方などなど募集します。
グループでも個人的にでもどうぞ。

広さ3畳で区切った個人工房スペース
2階ワークスペース8畳(共有)作業台あり
1階土間、販売スペース8畳
1階ワークショップスペース10畳(共有)

<薩摩藩船宿跡脇屋 シェア工房事業者募集>

●2階:3畳/一部屋、6畳(共有)、1階:販売スペース8畳土間(共有)、1階10畳(共有)。
●使用料:15000円/1ヶ月
●最大募集人数:4名
※販売の為の台やワークショップの机などお貸しできます。販売員はおりません。

インバウンドや観光でも注目を浴びつつある御手洗。
文化歴史が色濃く残るこの街で個性を活かした新しい価値の創造にチャレンジしたい方を募集しています。
今年色々なことが始まります。

→3つの歴史ある神社を活かす御手洗詣&絵馬プロジェクト
→港町長屋染初併設の菓子製造業、切削機械CNCを使ったものづくり事業
→GUESTHOUSE醫 ○○合宿(泊まり込みものづくり合宿、ヨガ合宿など)
→料理、カフェとのコラボ企画事業  など

お問い合わせはこちらまで。
連絡先:MAIL:infoyosoro@yosoro.com
    TEL:09044833141 (井上)

脇屋邸:大久保利通もひとっ風呂浴びたと記述に残る脇屋邸。江戸時代、税金の低く抑えるため、通りに面した入り口の間口を狭くつくってある御手洗の家々とは対照的に広い間口、そして船で御手洗に就航する江戸時代雁木(入口)からすぐのところに薩摩藩船宿跡脇屋は建っています。
お隣の竹原屋(今は減築され大正時代の洋館、旧越智醫院:GUESTHOUSE醫ももともとは竹原屋)にはオランダ人商人も駐在しており、外国船が御手洗に入港する中で、密貿易も行われていました。

ゴールデンウイークを終えて

皆さまこんにちは。よーそろ代表の井上です。
10連休のゴールデンウイークを終え、体も徐々に普段モードに切り替わりつつあるところでしょうか? 
えっ!まだ…?? まだの方はボチボチ参りましょう(笑)

今回のゴールデンウイークは船宿カフェ若長、潮待ち館など毎年多くのお客さんで賑わう喫茶・物販部門以外に2つの宿部門もフル稼働。
1月以上前から宿泊の予約がGUESTHOUSE醫、一組限定宿の閑月庵新豊ともにほぼほぼ埋まり、1人2役以上をこなすいつものよーそろメンバーに加え、その家族ごとフル動員でこなす覚悟しておりました。
加えて、シェアハウスとして活用している港町長屋染初の一部を食品加工場に整備し、この島で採れる柑橘のドライフルーツをせっせと仕込んでおりましたので4月は走りっぱなしの日々が続きました。

潮待ち館では甘夏の生搾りラッシーの他、新たにソフトクリーム機を導入し、自家製ドライフルーツと合わせた”ドライフルーツソフト”も販売。
そのまま食べても感動するような味の濃い柑橘をさらにギュッと凝縮したドライフルーツと濃厚なミルクのコクが口の中に広がるソフトクリームとのコラボレーションは味と食感の高低差をバランスよく生み出せたように思います。GW明けにも出ると見越して大量に仕入れたソフトクリームもラスト1日持たず完売に。ドライフルーツも買っていただけて新商品にしては上々の立ち上がりでした。

(ドライフルーツは清見、はるか、せとか、カラマンダリンの4種から選ぶ)

呉市のゲストハウス1号としてオープンし3年目に突入したGUESTHOUSE醫も満室の日々が続き、今回は地元ご婦人のお掃除集団に依頼をかけこちらもフル稼働。定員14名の醫のお客さん全員が自転車でいらっしゃることも初めてで玄関先は自転車で溢れる日が何度かありました。

一組限定宿、閑月庵新豊も連続8日間予約は未だかつてなく、ゆっくり過ごしていただくためにチェックアウトを11時に、それから15時30分までの次のチェックインに向け掃除、ベットメイクや洗濯などいつも裏方で頑張っているパソコンインストラクター兼Web担当の専務、由美も奮闘。
わたくしは、掃除、チェック、船宿カフェ若長の店番の間をぬってチェックイン応対、ウェルカムドリンク、夕食、他店舗の翌日の仕込みで一日を終え、翌朝の朝食からまた掃除、チェックからスタートする日々。
新豊の篠崎料理長も連日お昼に営業し、未だかつてないほど賑わうSEAFRONT DINING新豊の仕込み、料理をこなした後に閑月庵に宿泊される一組の夕食のための料理に挑む日々。

限られたタイトな時間の中で、いつも以上に喜んでもらうための自身の心の余裕と時間をどう作るか。
そのために無駄な作業を削り、どうシンプルに効率よく作業をこなすかを考えます。
このゴールデンウイークのような忙しい連続営業日をこなすと見えてくるものが沢山あります。
「あ~こうすればいいね」「なんで気づかんかったんじゃろ」と、いつもと違う場面に身を置くことで、違う角度から様々な発見があります。
車の運転と同じでスピードを上げるほどに周りをみる感覚が研ぎ澄まされ、柔軟に動ける心と体の立ち位置も探られていきます。

おかげさまで、この度もとても得るものがあったゴールデンウイーク営業でございました。
同時に今までつくっては壊し、つくっては壊し、色々なチャレンジと再構築を繰り返して参りましたが、今年に入って今までやってきたアクションの手ごたえを感じています。
宿事業も大きく貢献し、直轄事業だけで期間として今までの過去最高売上のほぼ2倍の数字を記録したこのゴールデンウイーク。
SEAFRONT DINING新豊、鍋焼きうどん尾収屋も沢山のお客様にご利用いただきました。
まだまだ粗削りですが、地域にお客さんに育てて頂き私を含めメンバーそれぞれが少しずつ成長していることを実感しています。

御手洗やその周辺に眠る素晴らしい価値に私たちの感性を掛け合わせることで、どれだけその互いの価値を高められるか。
小さな小さなアクションから継続的に価値を生み出していく事業へ、それぞれの店主がこのまちに続く文化を尊重しながら思い思いの表現をし、喜びの連鎖を面で生み出していくことが形になってきています。

さぁ、これからです!
また色々な事業やサービスを含めた再構築がこれからも始まりますが、何が起きても柔軟にヒョイヒョイと荒波を乗り越え進んでいく地域の価値創造集団でありたいと思っています。
わかりやすく、ありきたりでなく、さりげなく・・・日本人が大切にしてきた表現力を磨きながら。
進めーーーよ~そろ~。

それにしても美しい風景に癒され、疲れも吹き飛びます。
皆さままたのお越しをお待ちしております。
ありがとうございます。

人口増施策はやめたほうがいい理由

皆さん、こんにちは。代表の井上です。
先々週から御手洗雅楽会主催の演奏会、維新150周年シンポジウムとイベント続きでドタバタでしたが、年内の大きなものは終了し少しほっと一息したわたくしです。(年内までにやり残したこと多々あり再び焦る今日この頃です笑)

イベントをするにもやはり人手が少なく、一人何役もこなさねばならないのは御手洗で様々な仕事づくりを行っているアクションと同じ。
そう、人欲しいんです。
しかし、タイトルにも書いた通り、人口増施策には反対。 

この1か月で東京から3組の若者(うち2組は若い夫婦)が移住を考え訪ねてきました。
この1年でも移住を考える多くの若者がわざわざ御手洗に来てくれましたが、私たちは人口を増やそうと動いているわけではないんです。

いかに少ない人数でここにある建物や文化、物語を活かし、価値を生むサイクルをつくれるか。それのみで。
この1年で違うパターンの3つ宿事業をつくったのもそのためです。
そしてこれから取り組みたいことは、情報技術や機械などのテクノロジーを使った少人数運営。
事業だけ切り取っても私たち地方ベンチャーが新しいテクノロジーを導入することはとても大きな話。だからこそチームを組み、そのテクノロジーをシェアし合う。
観光客向けの事業だけでなく、地域活動、福祉、教育ともシェアし合えば。
さらにテクノロジーの進化やサービスの多様化により、個人レベルで使えるものも増えてきている昨今は大きな機会に恵まれているともいえます。

人口が減って今ある仕組みをそのまま維持しにくくなっているのは社会全体の人数が減る流れの中でどこも同じ状況。
うちだけが人口増を目指すとなると人口の取り合い競争でエネルギーを消耗するだけのように思います。
当然、資本力、規模が大きいところ、もしくはいち早く取り組んでいるところが自然と優位に立つ。
そもそもそれも全体が減るので結局のところ先がない。

となれば、こちらの優位性は何?ここは何を持っている? 
(そもそも、人口が増えたどころでは何も解決しない。)
そう、高齢化率は裏を返せば優位である。高齢化率でほぼ最先端を走っている豊町。呉市。
人口減少に向けて雪道を滑らないように抗うのか、スキー板をつけてむしろ前のめりに滑り爽快さを味わうのか、使うエネルギーも見る景色も得られる成果もずいぶんと違うように思います。
スキー板をつけて(滑ることを決める)、果敢に転ぶ。進んで転げればこけ方がわかる。こけ方がわかればチャレンジできる範囲が広がる。
失敗の先にしか成功はないし、失敗を恐れていたら大失敗をする。

“人口増施策”ではなく、”人口減施策”で得られる成果は日本の他地域だけでなく、これから同じようにその時を迎えるアジア諸国にノウハウ輸出できないだろうか。
そんなことを考えながら、私たちは地域の課題に対して爽快にチャレンジしています。
や、課題ではなく、大きな価値を生み出すダイヤの原石だと私は思っている。

そうなると結果的に人口は増えると思います。
それに取り組んでいるというだけで恐らく面白いと感じる感度の高い人材はやってきます。

東京での移住促進セミナーでは必ず話をします。(「移住促進」…この文言も変えたほうが良い)
誰でも来てほしいわけではない。そもそもそんなに沢山住める家もないと。
しかしながら、県内でセミナー後に実際現地を訪問する人数は御手洗が一番多いのだとか。

なので私は思うのです。
行政も高らかに掲げてほしい。”人口増には取り組まない!!”宣言を。
今いるメンバーだけで、もしくはもっと少ない人数で私たちは今までにない暮らしよい社会を実現してみせると。

どうです?
だったらその中に入ってみたくありませんか?

檸檬ぜんざいと新メニュー

皆さまこんにちは。代表の井上です。

檸檬ぜんざいと私・・・

小学校の作文があったら書きそうなタイトルですが(笑)
私が観光ボランティアガイドで御手洗と出会い、御手洗での1号店、船宿カフェ若長のおなじみメニューとなりました”檸檬ぜんざい”。

この度、檸檬ぜんざいの新メニューを投入しました!!

檸檬ぜんざいは若長をオープンして(2011年4月)しばらくしてメニュー化し、雑誌やテレビ、ラジオなど様々なメディアに取り上げて頂きました。
あのスイーツ王子として有名な的場浩司さんも絶賛いただき、海外出張から帰る度に食べに来られるご夫婦や大事な人を連れてきてくださる多くのお客様に支えられ、若長の看板メニューとして育っております。

御手洗がある大崎下島の中の隣町、大長地区は国産レモン発祥の地。そしてここには銘菓”レモン羊羹”(90年以上続いていたものですが昨年から生産ストップしています。)があり、レトロでおしゃれなパッケージもさることながらレモンの香りがとてもよくさっぱりとしたロングセラーの美味しい羊羹でした。
レモンの特徴と言えば”酸っぱさ”。ここのレモンを触っていると爽やかな香りがいつまでも続き、酸味だけでない価値があること、そしてレモン羊羹のように小豆とレモンの相性がとても良いことから、レモンの香りを存分に生かしたぜんざいが生まれました。

酸っぱいぜんざい??ゲテモノ??
と疑いながら注文する人、恐る恐る器に口を近づけると「あら!?」
口に含んで食べ終わると「これ合うわ!」「これいいわね~」と言ってくださる。
「私も家で真似していいかしら?」と。どうぞどうぞ!

それもそのはず、レモンの果汁は入れず、一番香りがあるすりおろした皮をふんだんに入れるぜんざいなのです。
皮まで食べられる大長のレモンだからこそできる技。

口に含む前に香り立つレモンと口に含んだ時に広がる香り、ぜんざいの優しい甘さのまたそのあとに香りの余韻がじわじわと。
何というか、期待を裏切る落差がそこにあると言いますか、つくってみて私もこれはいいと思ったメニューでした。

あとで考えると、ぜんざいと塩昆布といった組み合わせすら要らない、口ひと含みで甘さ・塩気、香りの幅など多層な味を表現している檸檬ぜんざい。
もちろん、選ぶ砂糖や塩、配合、作り方なども色々変えていきました。黒砂糖を入れるとコクが増すかもしれないと試しては止め元に戻すことを繰り返し、だからこそ見えてきたものの中で今の味、スタイルに落ち着いています。

江戸時代の畳の部屋から見える素晴らしい多島美の風景と目の前の海から吹く風の香りと共に、その土地環境で1年間育ったレモンの香りを通じて風土そのものを味わう。体験型メニュー云々かんぬん言いますが、この場所で食べるこの檸檬ぜんざいがそれらを凝縮したすべてだと思います。
全てを無くして一品を残せと言われれば間違いなくこの檸檬ぜんざいを残します。

今、御手洗には素晴らしい感性を持った仲間たちがそれぞれの味を活かした店舗を運営し、まちに新しい風を吹かせています。
これからも彼ら、彼女らの活躍を見て新たなチャレンジャーがこのまちで表現してくれると思うととても楽しみです。
店が少なくなって、その中で始めたカフェ若長の役割も時代と共に、まちの発展と共に少しずつ変わっていくでしょう。
そろそろ”御手洗にあるカフェ”から”○○があるカフェ”により尖らせていこうと思います。

長くなりました(笑)
だからこその新メニュー投入!!
その名も”檸檬ぜんざいトースト”。

私の御手洗での事業づくりのはじまりであり、お店を通じて様々な素敵なご縁を頂いたメニュー”檸檬ぜんざい”。今まで仲間たちと様々な取り組みをしてきたそのエッセンスも一杯の檸檬ぜんざいに詰まっています。
御手洗の味の奥底に井上の物語のスパイスも隠れておりますので深~く味わってくださいませ(笑)
檸檬ぜんざいと合わせて、ぜひご賞味あれ!

次なる一手

皆さま、お久しぶりでございます。代表の井上です。
7月の西日本豪雨災害によりとびしま海道のいくつかの道が分断され、一時完全な離島状態になった豊町でしたが、関係者の皆様のおかげでまだ片側通行の場所が少しばかりあるものの通常通り通行できる道に戻っております。本当に頭が下がります。ありがとうございます。
ようやく広島と呉を結ぶ有料道路のクレアラインも復旧し、広島からのお客様も徐々に戻ってきつつある御手洗です。

御手洗のある豊町は呉市方面からくる宮原浄水場と竹原方面からくる瀬野川浄水場の2か所から給水しており、この災害で断水になった宮原浄水場を止め、瀬野川浄水場からの給水に切り替えたため、断水は起こりませんでした。元々水不足に悩む場所であったため、それがかえって良かったのかもしれません。(この災害で初めて知りました。)
それ以前は御手洗には昭和3年に造られた簡易水道の配水池もありました。(昭和49年まで)それ以前は本州から船で水道水を運んでいたこともあったようで、一組限定宿にしている新豊にも水を溜める大きなカメがありました。

電気も4.5時間ほどの停電で済み、比較的通常に近い生活がおくれていたように思います。
しかしながら、観光客は当然ながら激減し…ほとんど全ての予約もキャンセルに。。
雨や台風などでお客さんの足が遠のくのは今までも同じ。今回の大きさは比にならないのですが、これを機にやはり次なる一手を急ピッチで進めねばと決心しました。

現在シェアハウスにしている港町長屋染初。
4部屋のうちすでに2部屋は埋まり、先日もう一部屋を借りたいと内覧と打ち合わせを。まだあまり宣伝していないのですがおかげさまでほぼ埋まりました。(こちらのお話はまた改めて。)

 <みかんを積む農船に贈る大漁旗を染めていた元染物屋。染初(そめはつ)は昔の屋号。>

ここは元倉庫部分も合わせると床面積がなんと300㎡にもなる広さで一階を食品加工場にと考えておりました。
というのもお世話になっている御手洗の元総菜屋さんから頂いた業務用の冷蔵庫やオーブン、大きなガスレンジ、シンクなど厨房機器類がある程度揃っていること、この島に何十種類という柑橘や面白い価値ある農産物があること、そして何より天候などに左右されない商品が必要であるから。
今までよーそろとしてやってきた価値の創造、仕事づくりの為に更にやるべきチャレンジです。
一組限定宿新豊や1階のレストラン整備と同時進行していたため、なかなか時間取れませんでしたが今スピードを上げて進めています。

 <一昨日やっとこさ取り付けた大きな換気扇とフード>

具体的には…ここに柑橘の乾燥機を導入し、ドライフルーツを軸とした加工品をつくります!
これから本格的な柑橘収穫のシーズンを迎えます。
また新たな取り組みをスタートさせます。やったるで~!
お楽しみに~。

大崎下島御手洗に築150年の一組限定宿

皆さまこんにちは。よーそろ代表の井上です。
梅雨真っ只中ですが、今日の御手洗は晴れ間あり気持ちの良い海風が路地を通り抜けております。

昨年からリノベーションを続け、2月27日にオープンした一組限定宿”閑月庵新豊”。
やっとこさWebサイトも整いましたのでいよいよ本格的に始動して参ります。

1階は和食レストラン「SEAFRONT DINING新豊」、2階は一組限定宿「閑月庵新豊」

閑月庵新豊Webサイト

古民家改修に問題発生はつきもの。
また地域での活動においても人が少ないぶん、事が動き始めると一気に進み、常に判断を迫られます。
大事なのは軸と柔軟性…不規則な波の動きをどう判断し乗りこなすか…ってビギナーボードで終わっている初心者サーファーの私が偉そうに言えませんが(笑)

実は未だに小さな部分改修を進め、色々なものを足したり引いたりしております。
この角度から見たらここが気になるから板を立てる、この椅子は空間バランス悪いから丸い椅子にするなど。

2011年にオープンしたカフェ若長もだいぶ落ち着きましたが、お客さんの動きを見てもう一つテーブル増やした方がいいとか、昇り降りが大変そうだから踏み台をつくるとか、厨房内でも無駄なく効率よくするために棚がこの位置に欲しい、このメニューはこの道具を使えばより早く提供できるかなど、常に考え、情報を取集し、試し、また考える。当然変えてみたものの元に戻すこともあります。が、元に戻したからこそまた違った角度でそのやり方や在り方を見ることができ新たな発見に繋がっていきました。

はじめることは重要です。が常に変え続けることの方が私は重要に思うのです。
あのサグラダファミリアも完成しない建築として有名だが、時が動く以上、人の心理や行動も動き、そう考えると100%完成はそもそもないのだと。
であるならば思ったことは始めたらいい。や、始めないとその先が見えない。
その一歩一歩の積み重ねが本物をつくっていくのだと思います。
だから、私は思ったことはとにかくやってみる。とにかく動いてみる。でないと後悔するから。

今回1泊4万円~の宿をつくりました。
それだけの料金を頂くのだからとあれもしなくてはこれもしなくてはと不安になることもしばしばありました。
が、この建物の素晴らしさ、料理、風景、流れる時間…関わる仲間たちと共に今までにない御手洗を感じてもらえるものを提供できる自信があります。
あとはそれらを活かす演出、お客さんがどの角度なら受け取っていただきやすいか、タイミングはどうなのか、心の声を聴きその橋渡しをすること。御手洗にまた来たい、またここで過ごしたいと思って頂けるよう様々な魅力を伝えるチャレンジと経験を積み重ねていきたい。

大き目のソファーから絵画を見るように目の前に広がる多島美から朝陽や満月を望むことができる。

この先も様々な難題にぶつかると思います。
その難題も私は乗り越える自信がある。なぜなら私は諦めないから。そのしぶとさが私の一番の武器かな(笑)
御手洗の新たな価値づくりに向け邁進します!

サグラダファミリアは2026年に完成するらしい。

第11回平山郁夫美術鑑賞絵画コンクール風景部門大賞と優秀賞受賞兄弟が御手洗へ!

よーそろ代表の井上です。
昨年11月20日の中国新聞朝刊でたまたま見つけたこの記事。

第11回平山郁夫美術鑑賞絵画コンクール風景部門 大賞

大きく取り上げられたこの絵の風景は!そう昨年3月28日にゲストハウス&バーとして新たに生まれ変わった旧越智医院と脇屋邸ではないですか!?
しかも風景部門の大賞とは!
木の色の違いをしっかりと見つけ、よく観察し色の違いを表現した昭和北小学校4年生、村上陽哉くんの作品に私はとても感動しました。
そして、風景部門の優秀賞にも。

第11回平山郁夫美術鑑賞絵画コンクール風景部門 優秀賞

同じく昭和北小学校2年生村上輝季くんの作品。旧越智医院の外壁の水色の違いや剥がれた塗装もいい味として表現してくれている素敵な作品。
もしや兄弟では?と心動かされた私は夕方昭和北小学校に電話しました。
中国新聞で拝見し、とても感激したこと、もし可能ならば描いてくれた旧越智医院のゲストハウスにご家族をご招待したいと先生にお伝えしました。

次の日お母さんから電話があり、ぜひとも伺わせていただきたいと(^^)
陽哉くんの夢は建築家と書いてある。今御手洗の空き家リノベーションにお知恵をお借りしている大阪在住で広島出身の建築家、鍵山昌信氏に相談したところ、泊りに来られるときに合わせて御手洗に行くと言ってくださり、うちが今改修している一組限定宿”新豊”を見せてあげることに。

そして昨日1/13御手洗へご家族でいらっしゃいました。
見るからに温かで素敵な家族。
皆さんを描いてくれた旧越智医院”旅籠屋醫”にご案内し、建築家鍵山氏ともご対面。
現在一組限定宿に改装中の江戸末期の建物”新豊”へ向かいました。
どのような考えで改修をしているのか、どのように見せるためどんな改修作業をしているのか建築家鍵山氏と私とで説明しながら案内をしました。

向かう途中、怪我の後退院されて間もない鞆田さんに遭遇。
うち見に来なさいと御手洗が誇る江戸末期の豪邸をみせて頂けることになりました。
昔のガラスの細工や忍者屋敷ような隠れた階段、広い庭や蔵、大きな梁に二人は興味津々な様子。

鞆田さん本当にありがとうございました!

そして13.14日にたまたま醫のテレビ取材に居合わせた2人も快くインタビューに応えてくれました。
<2/7(水)夜8:00~8:54放送 BS TBS放送予定のテレビ番組「美しき日本に出会う旅」>
緊張しながらもナイスなコメントを提供してくれました(笑)

明日月曜日、学校の先生にこの2日間で体験したことを皆の前で発表してくださいと言われているようで・・。
どうだったかなぁ~。あ~私も聞きに行きたい(笑)

陽哉くんと輝季くんと過ごした時間、とても楽しかったです。
協力してくれた鍵山さんありがとう!!

私達が伝えていきたい「古いもの、時間を経たもの(そこにしかないもの)にとても素晴らしい価値があること」。
彼らが板の変色や傷でさえもしっかり観察して描いてくれたように、建物や人が紡いできた時間と物語をしっかりと受け取り大切にしていきたい。
そして彼ら二人がこれからも興味や好奇心に真っ直ぐに進み、その観察眼をもって独特の感性を表現していってもらいたいと願っています。

とにかく、私はすごく嬉しくて嬉しくて。
とっても充実した時間でした。ありがとう!!

4月に作品が手元に帰ってくるらしく、御手洗で彼らの作品展が開催できるかも。
その時をとても楽しみにしています。

絵と同じ風景で。

空き家改修の次なるステップへ~江戸時代の町家を一組限定宿に~ 

皆さま、こんにちは。よーそろ代表の井上です。
長らくブログ更新してなくてすみません。。

築103年を超える大正時代の旧越智医院をゲストハウス(旅籠屋醫)として改修しオープンさせたのは今年の3/28。
こちらの右往左往した報告もしたいのですが、また後ほどじっくりするとして・・・。
この度は8月から片付けはじめ、今浄化槽埋め込み、絶賛改装中の江戸時代の町家“新豊(しんとよ)”を引き継いだこと、宿にすると決めた経緯について書いていきたいと思います。

昨年末、私の御手洗での事業づくり第1号である船宿cafe若長の近くに家を持つ御手洗の方から突然連絡があり、
「おい井上君、あそこの物件どんなか??どうにかせんか?」と。
聞くと、その方が昔(約40年前)住んでおられた海沿いの物件。平成三年の台風後に屋根と壁だけは修繕したが、内装や荷物はそのままで今後も帰る予定も活用する見込みもなくどうしようかと親戚の所有者が悩んでいるとのこと。
海沿いの一等地で家の構えがとても立派な物件で、気になっていたところでした。

「お前がやってくれるのが一番ええ!話しちゃるけぇやってくれ! んで、いくらだったら出せる?」と。
「う~ん、、確かに手掛けてみたい物件です。空き家であるのはもったいないし。。。銀行が貸してくれればこのくらいならいけますかね~。。う~ん。。」と私。(→まだ中も、状態も見ていないので何とも言えない感じ。)
「よし、わしが話しちゃるけぇ、ちょっと待っとけ!わしに任せとけ!」と。

「オッケイじゃ!来週ここに来るいいよるけぇ話詰めんさい!」…「は、はい。。」(私)
とその方の勢いに押され(その方は広島に近い場所で事業を起こされ、その地域のパイオニアとして今もご活躍の社長さん。私の活動を見ていてくださりいつも応援してくれる方なのです。)一週間後の話し合いが決まってしまった。

所有者さんもとてもいい方で、その家にまつわるお話を色々聞かせてくださいました。
その家は元々旅館を営んでいたこと、屋号は「新豊(しんとよ)」であること。どうして新豊という屋号なのか。そしてその屋号を残していってほしい事など。

私のやってきたこと、これから実現したいこともお話し、ぜひお願いしたいということに。
私も腹を決め、銀行から融資を受けれたらという条件でしたが、あれよあれよのうちに私が引き継ぐことになりました。

今まで手掛けてきた空き家・古民家5棟は、ほぼDIY。
時間と共に、また提供するサービスやお客さんのニーズによって変わるものであり、常に完成形はないものと考えているので(私の持論)不具合あれば即変更、即改善という形で各店舗を造ってきました。
しかし今回はいつもの改装だけでなく、大きな借り入れ金額が最初にオンされ、マイナスからの事業組み立てをせねばならず。しかも浄化槽のお風呂もなく。。

そのような状況でしたが、しっかりとした存在感ある物件に加え、船宿cafe若長の2階から見る風景以上かもしれない多島美がめいっぱい広がる素晴らしい風景を持っていること、御手洗での宿へのニーズと事業の可能性、私と同い年の建築家、鍵山さんとの出会いもあり、もう行くしかないと(笑)

鍵山さんは、よーそろの役員でありデザイナーである小林さんの旧職場の教え子で、東広島市出身、現在は大阪で活躍する建築家。
面白い建築家がいると紹介を受け、御手洗ミュージアム構想実行委員会の専門家として建築と街全体のバランスを考えたアドバイスを依頼し関わってもらったのが彼との出会いでした。

御手洗初のゲストハウス、旅籠屋醫の改装でも多くのアドバイスを頂きました。エイヤーで、つい粗くやってしまう私達の悪いところ(それでやり直すこともしばしば(笑))をより客観的にアドバイスしてくれました。また、新しいものをつくるのではなく、ここにしかないものをどう活かし、表現の中で伝え残していくか、私達の思いをしっかりと汲み取って提案してくれる素晴らしい建築家でした。

<建築家、鍵山昌信氏:  ア・ティエス環境+建築設計事務所

もちろん、今までにない大がかりな改装がゆえに構造的な問題や旅館業法をクリアするのにも建築家の力は必要でしたが、それ以上に私が組んでみたいと思わせる素晴らしい感性の持ち主だったことが、ここを手掛けたいと、いいものに手掛けることができると決断した大きな理由でした。

今までのDIYも当然行いつつ(予算の関係上・・)、新しいリノベーション、挑戦が始まりました。
あるものを剥がして、掘って、そこからお客さんのニーズに合うものにするため、当然設計通りにはいかず、トラブルは続きます。
それらをどうやって乗り切るか、そのマイナス面であるはずの予想外をどう楽しみ、どうプラスに変えていくか。今までやってきたノウハウをつぎ込み、関わってくれる沢山の仲間たちと共に、どうつくっていくか。
ここはほんと素晴らしい場所になりそうです。

この建物を今に残して下さった先人の方々、元所有者の方、応援してくださる全ての方へ。
どうぞご期待くださいまし!!

オープン予定は来年の2月。
じっくりつくって参ります。
また経過などもご報告しますので、どうぞお楽しみに~♪